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第7回:実践!レセプトでニューノーマル ~創薬研究編~


 「実践編」に入った第4回からは、RWDの代表格 “レセプト(診療報酬請求)” の利活用に焦点をあてつつ、製薬企業の各部署の仕事をどのように変えていくか?というお話。個人的見解や、ときには妄想(!?)も含みますが、皆さんの「現在地」や「可能性」を認識するきっかけにしてください。今回は、創薬研究部門についてです。



創薬研究の流れとデータ活用


 本誌の読者で創薬研究に携わっておられる方は比較的少ないと思いますので、創薬研究の流れを簡単におさらいしておきます。もちろん企業によって、取り組む順番や注力の仕方には差があります。多くの製薬企業では自社のプロセスを紹介されていますので【図表1】、まずはそれらを概念的にまとめ、どのような作業で創薬が成り立っているのか、簡単に整理します。

 はじめは「ヒト体内の仕組みのうち、どの仕組みを正すことで、疾患を治すのか」を決める作業です。研究者に言わせれば「創薬ターゲットを定める」という表現になります。疾患にかかり症状が出るということは、設計図である遺伝子、合図を送る伝達物質、カラダを組成するたんぱく質など、どこかに異常があるということです。健康なヒトと疾患にかかったヒトを比べ、どこが異なっているかを知り、新しい薬剤が正すべき “的(まと)” を決めるようなイメージです。

 この作業をデータという観点で眺めると、近年では、遺伝子配列、タンパク質の相互作用、化合物の立体構造など、関連するDBがいくつも整備されてきました。研究者はそれらを(リアルワールドデータというよりはビッグデータとして)駆使しながら、効率的に創薬アイデアを捻り出さねばなりません。フラスコを振って試行錯誤する研究者の姿は、すでに大きく様変わりし、今やプログラミング(膨大な情報をうまく捌けること)すらも、研究者の必須要件といっても過言ではありません。


 次は「正したい部分に、何を用いれば、うまく治せるのか」を考える作業です。先ほど、創薬ターゲットを “的(まと)” と表現しましたので、今度は “矢” を選ぶということです。例えば「化合物スクリーニング」のようなお仕事です。化合物とひと口にいっても、その種類は計り知れないほどです。いかにピンポイントに、どれだけ深く刺さる “矢” を特定できるか。これは、間違いなく骨が折れますね。

 そのため、この作業もまた、先ほどの創薬ターゲットの話と同様、ビッグデータをもちいたニューノーマルなスタイルへと進化しています。フラスコを振って化合物をつくっては何度も試す…のではなく、コンピュータの力を使って様々な構造をシミュレートし、機械学習によって最も効果的かつ安全そうな組合せをはじき出し…と、もはや製薬企業のどの部門よりもデータドリブンな日々を送っているのです。先人達の偉大かつ膨大な知見から、いかに速やかに筋の良い仮説を生み出すか。研究者は時間と戦っています。

 大まかな表現になりましたが、研究の最上流では「創薬テーマ」をいかに数多く、いかにスジ良く生み出せるかが肝要です。アイデアは“的(まと)” と “矢” の組み合わせであり、それが決まれば、あとは、実際に思ったとおりに効果を発揮するか、予期せぬ作用を生じないかなどを、非臨床や臨床で確かめていく流れに乗っていきます。国がAI創薬や創薬コンソーシアム(薬剤DBの共同利用など)のような取組を推し進めるのも、業界の未来を担う重要なプロセスだからに他なりません。



創薬テーマを生み出すために


 さて、シーズ(“矢”の候補)が豊富な製薬企業ですと、「創薬テーマ」はそのシーズを起点に検討されることが多く(=ウチの矢が刺さりそうな的はどの疾患だろうか?)、逆に、特定の疾患領域に明るい(“的”を知り尽くした)製薬企業ですと、「創薬テーマ」は、ターゲットにふさわしいシーズがどこにあるか(=勝手知ったる的に刺さる矢を他から買ってこようか?)、という話になりがちです。

 しかし、昨今はシーズもターゲットも業界的に枯渇しており、アイデアに溢れる製薬企業はそう多くないでしょう。ゆえに、まったく別の視点から「創薬テーマ」を見出すことが求められるのです。その一例が「RWDを用いた、臨床的な視点に基づく創薬テーマの炙り出し」です【図表2】。創薬研究においてレセプトがどのように活かされるのか?あまり考えたこともないですよね。

 いわゆるマーケットイン発想といえるでしょう。レセプト(診療報酬請求書)には、さまざまな矢(薬剤)が、さまざまな的(疾患)に対して、どのように刺さっているのか(処方履歴)が記録されています。つまり

レセプトDBそのものが大きな研究室のようなもので、薬剤と疾患の組み合わせの良し悪し、そして成績や課題を、ある程度の集団性をもって表現しているのです。

 正確にいえば、レセプトだけですと、治療結果(アウトカム)が掲載されませんので、どの矢がどの的に放たれているか、という流れまでしか表せていません。もし治療結果までみたければ、弊社保険者DBには特定健診の結果が付いていますし、医療機関DBには電子カルテ情報(臨床検査値の結果)が付いていますので、連結して分析するのも良い手段です。もちろんレセプトだけでヒントを見出すことも可能。当社がおこなっている「レセプトを用いた創薬UMNs調査」から、よく扱う手法を二つほどご紹介させていただきます。


① 既存薬のswitch背景分析

 ピカピカの新薬(ファースト・イン・クラス)は今や厳しく、多くの新薬は、既存の薬剤を追従して上市されます。つまり「既存薬剤が何を(誰を)満たせていないのか」を把握することが、新薬をつくるうえで重要なのです。レセプト上で既存薬剤が変えられた(DropやSwitchoutした)タイミングを詳らかに観察してみる、というのが、ここでいうswitch背景分析のアプローチ。

 このタイミング深掘りしてみると、診療行為(検査・手術…)や、傷病名(副作用…)などが特異的に変化していることがよくあります。ここから「既存薬剤の未充足点=創薬テーマのヒント」と見なして示唆を得ることができるのです【図表3】


② 特定患者群の時系列分析

 こちらも、よく関心をいただくご支援の例です。例えば、レセプト上で疾患Aが付与されている患者を集めて、その患者群の傷病歴を後ろ向きに分析します。そうすると、あるタイミングで思いもよらない症状(疾患B)が集中的に表れていたりします。つまり、その疾患Aが発症するまでに表れる疾患Bは、前兆として疾患Aに関連するのではないかという発見になるのです。疾患Aをダイレクトに治療しなくとも、疾患Bを治療すれば済むかもしれない、創薬的には、そのようなヒントが得られることになります。

 また、上記のような、疾患と疾患の関連性に限らず、薬剤Xを投与した患者を集めて、投与前と投与後で、傷病名のつき方や薬剤処方がどう変化したかを観察する手法も非常に有益です。薬剤Xが予定どおり奏功して対象疾患の患者が減る、というのが普通の結果ですが、一方で、どうやら別の疾患名が付与されている患者が微妙に増えている…これはもしかして未知なる作用(あるいは有害事象)ではないか?という解釈が生まれることもあるのです。いずれにせよ、創薬は、ほとんどが暗中模索。僅かな可能性を見逃さず検証し続けることが本質ですから、こういった知見も宝になり得るわけですね。



レセプト活用による創薬事例


 ここまでの話、創薬に必要な作業と、レセプトを活かせる可能性、をご理解いただけたとして「それは夢物語では?」とか、「それはデータベンダーの独りよがりでは?」とか…思われる方もいるでしょう。たしかに、レセプトだけを用いた創薬研究のニューノーマルというのは厳しいと思います。実際には、先述のアウトカム情報のような他のソースも組合せながら、創薬テーマを生み出していくことが必要といえます。

 しかし、夢物語ではないということもまた事実。アカデミアの取組になりますが、レセプトをまじえた創薬活動を二つほどご紹介し、その根拠とさせていただきます。ひとつめの事例は、京都大学薬学研究科の研究グループの取組です。彼らは、統合失調症治療薬の長期使用で起こる口唇ジスキネジアという副作用が、解熱鎮痛薬アセトアミノフェンの併用によって抑えられることを、ヒト副作用DBと レセプトを組み合わせた解析によって発見しました。研究成果はすでにオープン論文であるJCI Insight (1)に掲載されています。子どもから大人までよく使われているアセトアミノフェンがまさかそんな、未知なる効果をもっているとは。大変興味深いですね、ぜひ一度調べてみてください。


 もうひとつの事例は、昨年12月から始まっている徳島大学研究クラスターの取組です。タイトルは「医療ビッグデータ解析を活用した治療の最適化およびドラッグリポジショニング研究」ということで、レセプトほか医療ビッグデータの解析、および基礎薬理学的な検証によって、ドラッグリポジショニングによる新規治療薬開発、既存薬物療法の有効性・安全性の向上を図ろうとするものです。当社DBもこの座組に編み込まれており【図表4】、新たな知見の一翼になればと願うところです。



まとめ:創薬研究部門のニューノーマル


 本稿では、創薬研究のなかでも最上流、「創薬テーマ」をいかにして生み出すか、という点にフォーカスして書かせていただきました。研究者のイメージは様変わりし、データドリブンな業務がすでにニューノーマルとして定着。求められるスキルセットも変化しています。

 そのような日常で、研究者があつかう情報源は多種多様ですが、いずれもコンピュータ処理が必要なほど膨大であり、かつ、今のところサイエンス側の情報源に偏りがち、という状況。「創薬テーマ」を、より新しい視点から生み出すため、また、臨床的な(患者を中心とした)視点で生み出すため、レセプトをはじめとするRWDの解析が威力を発揮するのではないでしょうか。

 また、これまで研究所内の解析業務を一手に引き受けてきた(縁の下の力持ちであった)インフォマティシャン達も、この潮流にのって、よりプロアクティブな人材・機能に変化していくかもしれません。革新的な新薬が、フラスコを振って生まれるのではなく、キーボードを叩くことによって生まれる。大げさな例えですが、そう考えると面白い世界になってきましたね。次回は実践編の最終「営業マーケティングにおけるレセプトでのニューノーマル」です。


お楽しみに!


 

[参考資料]

(1) Nagaoka et al.; JCI Insight. 2021 May 24; 6(10): e145632.



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