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第9回:実践!レセプトでニューノーマル ~営業マーケティング後編~


 本連載は、製薬企業ではたらく方々に、「リアルワールドデータ(RWD)」とは何たるか?を易しく学んでいただき、データドリブンな業務プロセスを実現し、そして臨床現場や患者の目線に立つことの重要性をご理解いただくことを目的としています。ひととおりお読みいただくなかで、読者の皆さんの理解や思考が少しでも整理され、明日からの業務が変化していく一助となれば幸いです。


 「実践編」に入った第4回からは、RWDの代表格 “レセプト(診療報酬請求)” の利活用に焦点をあてつつ、製薬企業の各部署の仕事をどのように変えていくか?というお話。個人的見解や、ときには妄想(!?)も含みますが、皆さんの「現在地」や「可能性」を認識するきっかけにしてください。本誌の読者には営業マーケティング部門の方が多くおられることも踏まえ、第8回と第9回、2号分にわたって「ビジネスサイドの業務」のニューノーマルをお届けします。



レセプトで営業マーケ活動の解像度を上げまくる


 前編では、営業マーケティング部門において「なぜRWD活用が進みにくいのか」を客観的に整理しました。さらに、レセプト活用の一例として「潜在患者(未治療群)に目を向けてみる」というテーマを紹介しました。売上データはタイムリーに観測しやすいものの「顕在患者(薬剤治療群)の市場規模を捉えた情報」でしかありません。その弊害として、潜在的な市場の把握が意外とおろそかになりがちである、という話でしたね。適応症の上流にある原疾患や、診断が付きながらも未治療の患者など、レセプトで市場把握の解像度を上げていきましょう【図表1】


 上記の例を、シニア層のチャレンジ風に言い換えてみます。「うちの薬剤Aが使われているXX疾患の市場は、あとどのくらい拡がる可能性があるのかね??」あるいは「薬剤Aの売上予測だが…そもそも対象患者の母集団(SoB:Source of Business)の変化はどういうロジックで考えているのか?原発的な患者だけでなく、ちゃんと続発的な患者も加味しているのか?」などの問いかけになるでしょうか。売上高やシェアについての問いかけに比べれば、少しハードルがあがり、ドキッとしますね。おろおろせずに済むよう備えておきたいものです。

 図表1では、レセプトをフル活用すると市場把握の解像度がどのように上がるのかを概念的に示しました。とはいえ、実感がわきにくいと思いますので、ここで一枚、分析アウトプットのサンプルを見てみましょう【図表2】。これは図表1でいうところの「保険診療で受診中」の患者が「薬剤治療の対象」としてどう扱われているか、を見たものです。指定難病、なかでも公費受給の対象者は一定以上の重症度であるケースが多く、近年充実してきた生物学的製剤のターゲットにもなりやすいセグメントです。しかし「日本全国を見渡して、どこでも同じような強度の治療が成されているか?」と問われれば、当然Noでしょう。


 仮説の持ち方はさまざまです。中核病院が多い地域では治療強度が高い傾向にあるだろう。専門医の存在や生物学的製剤への慣れが治療強度を左右するのではないか。そんなことを考えながらも「全体を均すとxxx%の患者が強度の高い治療を受けており、少ないところではxx%、多いところではxx%までバラつきます。強度が低い治療の背景については、患者の属性から見るかぎり、xxxxx」などの回答を速やかにできると、MRの情報提供においても、マーケティングのプランニングにおいても、スマートですよね。データドリブンな時世は加速する一方です。レセプトを活用したニューノーマルな業務、“市場把握の解像度を上げまくる” という感覚を、少しご理解いただけたでしょうか。



解像度アップの極み ~レセプト×ジャーニー分析~


 多くの製薬企業では、営業マーケ活動の基盤情報として「ペイシェントジャーニー」という一枚絵を整えておきたいと考えるでしょう。健常者があるときから疾患を患い、自覚症状等をきっかけに医療機関に足を運び、医師による検査や診断を受け、何らかの傷病名を付与され治療が始まる。さらには治療の手順はどうなっていくのか、典型的なパターンはどのようなものか等、物語ともいえるような描き方で臨床・市場を把握する手法です。

 また、ペイシェントジャーニーの一部といえる「トリートメントフロー」(治療がどのようなアルゴリズムでなされているかという情報)も重要です。ビジネスサイドに身をおくかぎり、自社の薬剤がどこでどのように使われているかを知ることは必須。ファーストラインからセカンドラインへの移行はどうか?自社の薬剤が使われる患者は、新規か継続か、あるいは他剤からの切り替えか?など、さまざまな観点で細かく情報を整理されているのではないでしょうか。

 本セクションではそれらの分析をまとめて「ジャーニー分析」と表現させていただき、“レセプトならでは” のジャーニー分析の魅力をお伝えしたく。さっそく実際のアウトプットサンプルを見てみましょう。

 【図表3】は「肺高血圧症の一例」に注目し、ある期間のレセプトローデータをカレンダー形式に可視化したものです。①受診先の医療機関の属性、②付与された傷病名、③施された検査や処置、④選択された治療薬など、無関係そうな項目を排除して、分析に必要そうな項目に絞り込んで可視化するだけで、多くの気づきや確証を得ることが可能です。

 たとえば、この患者の場合は「確定診断前の病歴からして、原疾患はどうやら膠原病らしい(複数ありうる原疾患の中からの当たり付け)」、「肺高血圧症の診断が付く前は心エコーも心カテもたいして行われていないが、紹介先で診断が付いた途端に病態の精緻な観察のためか頻繁に行われている(もっとはやく紹介・検査していたら…という課題認識)」、「このタイプの患者だと、薬剤の処方は意外と早い段階から3剤併用へと移行している(トリートメントアルゴリズムの仮説出し)」といったことが見受けられます。そして何より、机上で数字ばかりを追っていたはずの自分が、いち患者のリアルを追体験していることに気づくはずです。このような気づきや確証、そして追体験は、必ずや営業マーケ業務のあり方を変えてくれることでしょう。


 次にお示しする【図表4】は、大腸がんのジャーニー分析です。先ほどの肺高血圧症の絵面とは異なり、すでに定量的な数字が並んでいます。実はこのアウトプットも、個別患者のローデータの可視化と観察を踏まえて作られたもの。肺高血圧症の話で、なるほどなるほど、と感じた方もいらっしゃるでしょう(いていただきたい…)。ただ、そこで止まってしまえば“ 木を見て森を見ず” になりかねません。個別を深く追いかけるのは、図表4のような定量化やパターン化を生み出すための前座、分析上の着眼点や肌感覚をもつための儀式のようなものとご理解ください。

 リアルワールドデータであり、かつビッグデータでもあるレセプトを活用するメリットは「定量的な分析」をもたらしうる点です。営業マーケ部門の方々は、できるかぎり市場を俯瞰し、要所を正確に押さえることが求められますね。そのような業務特性を念頭に「大腸がん患者のレジメン、そこに生じる空白期間をどう捉えるべきか?」を精査してみました。個別ローデータをいくらか可視化し、文脈の理解が頭打ちになるまで、観察を積み重ねた結果が図表4です。

 オンコロジー領域における複雑怪奇なレジメンは、売上予測のロジックを立てるとき、活動の成果を検証するとき、自社薬剤に対する医師のパーセプションを理解するとき…など、分析者を大いに悩ませています。休薬か何かよくわからない処方の空白期間も生じやすく、例えば機械的に「3ヵ月以上空いたらライン(処方パターン)の変更とみなす」などと定義すれば、実に2割※くらいの“ハズレ解釈” は簡単に起こるのです。


 過去号でもお伝えしたとおり、レセプトデータは、RWDのなかでも標準化(記録様式の定型化)が進んだ情報源のひとつです。それだけに、集計の簡便さに甘んじて、実態をミスリードしてしまうリスクを秘めています。市場の把握に有益な情報源であることは間違いないが、うまく扱わねば最高の解像度にはたどり着けない、ということですね。くどいようですが、そのためには “木を見る(ローデータを精緻に追いかける)” ことも不可欠というメッセージで、営業マーケの業務におけるレセプト活用の意義とさせていただきます。なお、弊社コンサルティング部門では、より最適な解釈を導くため、レセプト特性に由来するイタズラ(保険病名の混ざりかたなど)を的確にひも解くための「現場ヒアリング」も並行しながら分析しています。


※3ヵ月以上の処方空白期間を有する患者(100人中24人)のうち、71%では空白前後でラインが変わっていない、つまり0.24×0.71≒2割という検証結果に基づく値


まとめ:営業マーケのニューノーマル


 本稿では、営業マーケティング部門における、レセプトを活用したニューノーマルの後編を書かせていただきました。あらためて「レセプト活用による解像度の上がりかた」をお示しすることで、業務へのインパクトや、解像度が上がるポイントを整理しました。市場把握は、時間をかければ良いというものではありませんが、臨床の実態に迫る解像度でみておかねば、精度の足らない営業活動や戦略立案になりかねません。やれるかぎりは尽くしたいものですね。

 それから、レセプト活用に特化した実践編ということで、その最たる手法である「ローデータの可視化を踏まえたジャーニー分析」についてご紹介しました。マクロに見ていた診療をミクロに見なおすことで、非常に多くの気づきが得られます。それはときに「薬剤へのアクセスを促す診療上のボトルネックの発見」かもしれませんし、「売上予測ロジックや定点観測の定義を最適化するエビデンスの発見」かもしれません。いずれにせよ、社内外双方に向けたバリューを生み出しうること、間違いないでしょう。


 次号は、本連載、リアルワールドデータ入門の最終回です。ここまでの学びを整理しながら、これからリアルワールドデータを学ぶ方に向けた情報についてご紹介し、そもそもリアルワールドデータを扱うメリットとは、まで目線を上げなおして確認したいと思います。皆さまのご相談・ご感想もお寄せいただけますと幸いです。それでは次号もお楽しみに!



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