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レセプトデータを用いて不妊治療市場の今を解き明かす!


 皆さまご存じのとおり、2022年4月から不妊治療が保険適用になりました。不妊に悩む当事者の方々にとっては経済的負担の軽減が見込まれ、ひいては国の少子化対策の一助になると期待されています。保険診療の仕組みが変われば、患者の流れはもちろん、医療サービスの流れも大きく変化します。当然、医薬品の開発・供給を担う製薬企業にも相応な影響が生じます。「自社の医薬品が使われるタイミングはどうなるか?」「需要は見込みの範囲内で推移しているか?」「あらたなニーズが見えてきていないか?」など、製薬関係者の問いは尽きないでしょう。


 そこで、保険診療の実態把握といえば診療報酬明細書(いわゆるレセプト)が武器になります。とりわけ、トリートメントフローの大部分が保険外診療で把握しづらかった不妊治療であればなおさら。レセプトを用いて仮説の検証や新たな示唆出しが可能となる重要な局面です。本記事では、レセプトから見える保険適用後の不妊治療市場の実態について、具体的な事例や可能性をご紹介いたします。



1.不妊治療と保険適用のこれまで


 この領域に明るい皆さんにとっては釈迦に説法ですが、不妊治療も何から何まで保険外診療だったわけではありません。不妊の原因を調べること(男性女性どちらの理由?どこかの器官に問題?などに関する検査)、あるいは、不妊の原因が明確でそれを治すこと(精管閉塞や子宮内膜症による癒着などに対する手術や薬物治療)に関しては、2022年3月以前から保険診療で賄われていました。

 その一方、原因不明な機能性不妊の場合であったり、原因と思しき治療が奏功しない場合であったり、つまり人工授精や体外受精のような対処が必要なケースについては保険適用外でした。それらの治療費は高額なため(体外受精なら1周期あたり30~40万円など)、国費による特定不妊治療費助成や自治体独自の上乗せ助成など公的支援の枠組みも設けられています。しかし、保険外診療にありがちな医療サービスの格差は避けられません。関連する検査の請求費用の分布【図表1】を見るだけでも、これだけ幅が出てしまうのかと感じますね。

 とりわけ不妊治療には医療サービスの格差につながる二つの特徴があります。ひとつめは「長期化しやすいこと」。長引く不妊治療に専念するには休職や非正規雇用への切り替えが必要となり、結果として深刻な経済的負担を被るケースがあります。ふたつめは「地域によって治療体制が異なること」です。高度な不妊治療が受けられる施設は都市部に多い傾向があり、地方部と比べれば医療アクセスそのものに差が生じてしまいます。


 上記のような特徴があいまって、不妊治療の市場把握は非常に難易度が高くなります。製薬企業からみれば「ほとんどブラックボックス(某マーケター談)」。インハウス調査(定性・定量)や送品・卸データを用いた市場把握が中心であり限界ともいえるでしょう。たとえば「薬物治療以外(処置や手術)以外のトリートメントフローはどうなっているのか?」「患者は医薬品をどのように投与されているのか?」などを、体系的かつ精密に把握する術はほとんどありませんでした。

 そうした中で、2022年4月に保険適用が拡大し、患者の治療費負担(立て替えを含む)は軽減、国や医療提供者は不妊治療の標準化と最適化を図れるようになりました。同時に製薬企業は「市場把握の新たな術」を手にしたと言えます。不妊治療に対する解像度が上がるとともに、保険外診療から保険診療に移行したインパクトがどの程度かを捉えていく必要もあるでしょう。このあと、JMDC保険者由来レセプトデータベースを用いて分析した事例をいくつかご紹介いたします。



2.レセプトで紐解く不妊治療の実際


 それでは早速、ビジュアルを交えながら「不妊治療×レセプト分析」の事例を3つほど見てみましょう。


a. 例①:生殖補助医療をもっとディープに理解しよう

 2022年4月から新たに保険適用となった治療は、大きく「一般不妊治療(タイミング法、人工授精)」および「生殖補助医療(体外受精、顕微授精、男性不妊手術)」に分けられます。そのうち生殖補助医療は、先に述べた公的助成の対象で、今回の保険適用にともない動向を注視すべきシーンのひとつといえるでしょう。

 【図表2】は、2022年4月から9月における生殖補助医療に含まれる診療行為ごとの患者数の経時的変化(左側)、および採卵術実施者に着目した採卵個数の構成比グラフです(右側)。実数値は一部省略しています。

 生殖補助医療の患者数は5~6月の一気増加トレンド(おそらく認知拡大に伴う駆け込み)から始まり、8月に一旦の落ち着きを見せるものの、概ね右肩あがりといえそうです。またレセプトでは、診療行為だけでなく、各種加算にも着目することで、より細部の理解が進みます。「同期間に採卵術を実施した患者のうち4割の方が、1度に2~5個採卵している」といった採卵状況の内訳まで紐解くことができます。

 このように全体の経時的な変化を見ながら特定の診療行為を深掘りすることで、各セグメントの増減理解やセグメントごとのトリートメントフロー分析(その後の治療選択や薬剤選択の傾向がどうなっているか?)にも繋げられるのではないでしょうか。



b. 例②:今こそ見たい不妊治療のペイシェントジャーニー

 【図表3】は、保険適用後の不妊治療患者(n=1)のレセプト履歴を示しています。一例とはいえペイシェントジャーニーといえるものであり、治療実態をリアルに観察することが可能です。保険外診療にあるかぎり、標準化されたデータもなく、全方位的なデータも得にくく、これだけ患者のリアルに迫るのが大変だったのではないでしょうか。

 一般消費財で言うところのエスノグラフィーさながらに、不妊治療患者が受けている治療を「追体験」し、これまでの市場認識と齟齬はないか?患者の目線で感ぜられる新たな医療ニーズはないか?等の問いに応えてくれる分析ですね。保険適用化によって、たとえば “来院日” のような表面的な情報はもちろん、不妊治療の “サイクル単位” にあわせた受療内容といった深い理解が進むことになります。

 製薬企業にとっては、自社医薬品の売上やシェアがまずは大切な分析対象といえますが、医療アクセスの改善、ひいては自社医薬品の提供価値の最大化を果たすには、こういったペイシェントジャーニーの一連を理解しておくことが不可欠ですね。



c. 例③:やっぱり気になる!薬剤の投与量・投与日数・処方患者数…

 不妊治療の支援において薬物療法はやはり重要なパーツです。保険適用を進めるタイミングと併せて、関連医薬品の承認審査も続々と行われました。健康保険法に基づく保険適用のあり方(そもそも論)や、保険財政への影響も鑑みつつ、有効性および安全性についても学会の要望を踏まえながら、性腺刺激ホルモン剤や黄体ホルモンなどにハイライトが当たっています。

 そこで、不妊治療にまつわる医薬品の処方傾向をどのように捉えうるのか?【図表4】に、簡単なイメージ図を載せてみました。不妊治療の薬物療法は、数多くある疾患領域のなかでも、投与パターンがばらつきやすい領域の一つと言えます。

 それだけに、各薬剤の投与量・処方日数・処方患者数を様々なセグメントで分析することで、薬剤間で比較した処方傾向(どこで使われがち?どこで取れてない?等)が把握できるでしょう。そのほかにも、(自治体助成の有無による)地域ごと、あるいは(不妊治療専門医の有無による)施設属性ごと、など処方傾向に差がつきそうな軸で眺めてみると面白いかもしれません。精緻なセグメンテーション・ターゲティングがしやすくなり、いっそう精度の高い売上予測や戦略立案に向けて、お役に立つのではないでしょうか。


3.レセプト分析が製薬企業にもたらす価値と注意点


 以上、ここまで不妊治療に対する保険適用のあらましと、保険適用化を踏まえたレセプトデータの分析事例をご紹介しました。最後に、私どもが考えるレセプト分析について、製薬企業にお勤めの皆さまにどのような価値をもたらすか?どのような点に注意が必要か?について少しお伝えしたいと思います。


 既にいくつか提供価値に言及していますが、一つ目は「いっそう説得力の高い戦略立案を可能にする」という点です。“説得力の高い”とは、勘と経験(と度胸)からの脱却という意味合いです。データドリブンな環境分析や売上予測など、日常の業務プロセスもろともダイナミックに変化する可能性があるでしょう。不妊治療領域を担うマーケターには、その変化についていくだけの分析技術やフレームワークを受け入れていく覚悟が求められるかもしれません。戦略立案とともに活動効果の検証やブラッシュアップ、いわゆるPDCAが経時的になり、かつ迅速化することで質を高めていくはずです。


 二つ目は、もう少しレイヤーの高い話ですが「医療需要への更なる順応を可能にする」という価値です。製薬企業にとって、保険外診療であると見えづらいのが「どのくらいの供給が必要か?」「どんな薬剤が求められるか?」などの話ではないでしょうか。不妊治療領域で2022年に生じたいくつかの医薬品の出荷調整は、戦争による原料問題や保険適用による駆け込みが影響しているともいわれますが、売上予測はそのまま生産計画に繋がるため、レセプトを用いて今後の医療需要(量)を正確に予測・補正したいところですね。アンメットメディカルニーズもまた医療需要(質)であり、先に述べたペイシェントジャーニーのような分析を用いて不妊治療のボトルネックを更に追究したいものです。

 そして一応、注意点です。どのようなデータソースで分析するにしても限界や制約は必ず存在します。レセプトでいえば「診療報酬算定のルール」があります。具体的なイメージとして「一般不妊治療又は生殖補助医療を実施している患者に対して、医師の医学的判断により、通常の妊娠経過を確認するために、当該検査を実施した場合、一連の診療過程につき、1回に限り算定可能。」のような疑義解釈が挙げられます。このようなルールがあれば、算定回数を単純に眺めてはならず、妊娠経過のサイクルを考慮しながら患者数を正しく推し量らねばならない、といった「正しい読み方」をご理解いただけるでしょう。



4.おわりに


 今回は、保険適用という大きな変換点を迎えた不妊治療領域に着目し、レセプトデータの可能性や価値についてお話させていただきました。すでに保険適用から1年が経過するこのタイミングで、ブランドプラン立案や売上予測をあらためて精査する際のアイデアとなれば幸いです。詳しくお聞きになりたい方、不妊症周辺でのリサーチクエスチョンが解明されずお困りの方、ぜひJMDCにお声を掛けてください。

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