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第4回:実践!製薬企業におけるレセプトデータの活用可能性(その1)


 本連載は製薬企業で働く方々に、「リアルワールドデータ(RWD)」とは何たるか?を易しく学んでいただき、データドリブンな業務プロセスを実現し、そして臨床現場や患者の目線に立つことの重要性をご理解いただくことを目的としています。ひととおりお読みいただくなかで、読者の皆さんの理解や思考が少しでも整理され、明日からの業務が変化していく一助となれば幸いです。


 第1回から第3回までは「導入編」として、RWDの定義と種類、関連する個人情報問題についてまとめました。ここから中盤は「実践編」です。ただし、RWDという枠組みで話し続けると、風呂敷が大きく収め切れません。そこで、当社が祖業から取り扱っている“レセプト(診療報酬請求)データ”へと枠組みを絞りながら「製薬企業のお仕事をどのように変えうるか?」という視点で連載を続けたいと思います。

 レセプトとは、そもそも医療の報酬を請求する事務作業で発生するデータです。匿名化・二次利用の歴史が長く、蓄積されたデータ量も膨大であることから、リアルワールドデータの代表格といえるでしょう。それでも、製薬企業の皆さんとお話していて感じるのは「製薬といっても私は○○部門に所属しているし、レセプト活用なんて関係ない」と考えているかたが少なくないということです。匿名化の技術が進み、データの流通量が増え、業界規制が変化して…と、複数の要因を追い風としながら、今や製薬企業のほとんどの部署へとにレセプトの活用可能性は拡がっており、活用実績も加速度的に増えています。



売上だけではわからない世界へ


 製薬企業の皆さんにとって、もっとも身近な市場把握の情報源といえば、やはり売上でしょうか。どの薬剤がどれだけ売れているのか、どの疾患領域がどのくらいの市場規模なのか、地域で区切ってみると分布はどうなっているのか、競合薬剤とのシェアはどうであるか、などの視点で、医療や治療の流れ、そして自社品の貢献状況を理解するということが、なじみ深く慣習的かと思います。

 リアルか否か、という区別を「(臨床試験など)限られた集団での使用=非リアル」、「薬剤が実際に市場に出て多くの患者に使われる=リアル」と定義するならば、売上すらもリアルではないか?と思っていた頃が、私にはありました。しかし、レセプトで見られる情報、レセプトでわかる世界がどのようであるかを知ることで「あぁなるほど、リアルってそういうことか」と認識をあらためた次第です。

 この連載は、何度も申しあげているようにRWD入門です。字のごとく門を叩かんとしている皆さんに、門を叩くと何がわかるのかをお伝えすることが重要と考えています。レセプト活用とは無縁と思われている方の多くは、そもそもレセプトに記載されている情報を知りえず、興味やアイデアを想起するところまで至っていないのではないでしょうか。

 連載の第2回でお伝えしたように、レセプト上には「いつ(診療年月)」、「誰が(施設名・所在地など)」、「誰に(患者名、性別・生年月日・保険種別など)」、「何を(診療内容:検査・処置・医薬品・手術・リハビリ…など)」、「どうして(傷病名など)」という情報が書かれています【図表1】。皆さんが日ごろ受診する際に発行される明細書にも、これに近い情報が記載されていますね。売上とは、ここに書かれる項目の断片(医薬品の請求点数分のみ)が、卸伝票として上がってきたものに過ぎません。


 これを踏まえ、リアルか否か、という区別を「臨床の理解につながるか否か」という認識にあらためることで、製薬企業の皆さんが日々苦労されがちな「診療のボトルネックを特定すること」や「自社品・医薬品以外を含めて現場を俯瞰すること」などに、レセプトという情報源が有益であると理解できるのです。

 なお、これらのレセプトを “どこから” お預かりしているかによって、データベースとしての特徴や付随して蓄積する情報が変わります。たとえば弊社が保有する “保険者(主に企業の健保組合)から” お預かりしたレセプトデータベースの場合、一般健診(労働安全衛生法にもとづく)や特定健診(高齢者の医療の確保に関する法律にもとづく)の情報が、レセプトと一緒に、保険加入者ごとに集約されています【図表2】


 健診の情報には、受診者の体型がわかる項目や、血液検査の結果、生活習慣に関する回答などが含まれますので、医療のレセプトと紐づけて分析することで「どのような人がどのような医療を受けているのか」という文脈ができあがり、売上より別次元の世界へと理解を深めてくれるのです。

 そして、記載項目を知るだけでなく、具体的にレセプトデータを入手するとはどういうことなのかも、ぜひ知っていただければと思います【図表3】。ローデータは膨大です。そのため、特定の患者に絞ったとしても、施設・医薬品・傷病・診療行為(それらのマスター情報)など、多くのファイルに分かれています。初めてご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、図表3にあるように、「1処方あたりの1回投与量」や「傷病名の疑いフラグ」など、多様な分析を可能にする情報であることを、ご理解いただけるのではないでしょうか。



知っておきたい落し穴


 盛大に担ぎ上げたレセプトデータですが、注意点もお伝えしておきたいと思います。そもそも臨床を理解するために記録・蓄積しているデータではないため、落とし穴があるのは当たり前ですが、よくお問合せいただく事項を中心に、いくつか例を挙げてみます。


① レセ上の傷病名は実態と乖離することがある

 レセプトの目的は報酬を請求することです。保険で認められた範囲で、各傷病に対応する医薬品や処置・検査を提供しなければ、医療機関に報酬は入りません(範囲外の請求は査定や返戻といったかたちで指摘されます)。そのような指摘を回避すべく、必要な検査や薬剤から逆算して、保険がとおる傷病名をつけて請求するという慣習があります。このときにつけられる、 “とりあえず” または“やむなし” 的な架空の傷病名のことを、業界では「レセプト病名」と呼んでいます。

 結果的に、レセプトに記載されている傷病名が必ずしも患者の実態と一致しないケースが一部に生じています。先ほど、臨床現場を深く理解できると述べましたが、疾患領域によっては、このようなレセプト上のリミテーション(分析上の落とし穴)が存在することを念頭におかねば、過剰な期待やミスリードにつながることもあるわけですね。なお「レセプト病名」というのは俗称ではなく、厚労省の資料(1)においてもそう表現されており、不適切な具体例添えてし、警鐘を鳴らしています。


② 傷病と医薬品は紐づけきれない

 レセプトには、診療行為や医薬品などが非常に細かく記載されています。したがって「2021年12月にxxさんがA病院で糖尿病や高血圧で医薬品Xや医薬品Yを処方された」といった情報を得ることができます。では、ここに挙がっている医薬品Xは糖尿病のために使われたのか?高血圧のために使われたのか?いかがでしょう。レセプトは、月ごと・医療機関ごと・患者ごとに、まとめて作成されるデータです。よって、同一レセプト内に複数の傷病名が表記されていた場合、一緒に請求されている医薬品がどの傷病の適応で使われたのかを厳密に紐づけることは困難です。

 もちろん、XやYではなく、実際のブランド名であれば「これって糖尿病で使われたに決まっているじゃないか」となるわけですが、それはあくまでも推測。医薬品には複数の適応をもつ薬剤がありますので、その場合には分析上の工夫が求められる(もしくはリミテーションとなる)というわけです。なお、医科レセプトでは “紐づけきれない”、という表現になりますが、調剤レセプトではそもそも傷病名が記載されていないため “紐づけできない” という表現が正確です。


③ 医薬品を実際に使用したかはナゾ

 これはわかりやすいですね。レセプトは提供した医療の明細であり、患者管理の帳票ではありません。ゆえに把握できるのは、どのような医薬品が投与(処方)されたか、という事実までです。その医薬品を本当に使ったか、は分かりません。

 「定期的に医療機関に通っている」、「同じ医薬品が8カ月間連続で処方されている」ということはわかるものの、本当に患者がその医薬品を服用し続けているかは…ナゾです。極端なことをいえば、ひたすら自宅に薬をため込んで、先生に怒られたくないがために受診し処方をもらいうけているような患者の場合、レセプトのかぎりでは、その実態を捉えきれません。


 以上、どのような部署・目的でレセプトを扱うにしても、上記の落し穴は共通項といえます。レセプトの意義や価値は変わりませんが、定義や解釈の仕方に影響をもたらすポイントとなりますので、徐々に理解していきましょう。



製薬企業におけるレセプト活用


 次号から、製薬企業の部署ごとに「レセプトが業務をどのように変えうるか(変えているか)」をご紹介していきたいと思います。RWDまわりのトピックや潮流、従来業務における困りごと、それをどうレセプト活用が解決するか(ニューノーマル)、という流れでまとめていく予定です。

 前述のとおり、昨今では多くの部署でレセプト活用が進んでいます【図表4】。活用の目的はさまざまで

すが、およそ、業務の効率化、企画の精緻化、EBMの促進、などで大括りにできるでしょう。隣の芝生が実際に青いかどうかはわかりません。しかし、業界全体で活用が進んでいるのには理由があり、活用の可能性すら知らぬまま、試すこともなく遅れていくというのは、何より残念なことです。具体的な事例をみていただき、ご担当業務のニューノーマルに向けて、ヒントを得ていただければ幸いです。




本稿のまとめ

  • レセプトデータはRWDの代表格ともいえる情報源。「診療のボトルネックの特定」や「自社品・医薬品以外を含めた診療全体の俯瞰」などに繋がるさまざまな情報が含まれている。まずは何が記載されているのかを理解することからはじめ、手元の業務で知らねばならないテーマと照らし合わせることで、活用可能性や分析の仮説をイメージできる。

  • 多くの知見をもたらすレセプトデータだが、本来の目的は別にあるため、活用においてはリミテーションや落とし穴が存在する。どのように定義を工夫すればよいか、どのように誤解を回避すればよいか、あらかじめ一定の理解をしておきつつデータに慣れた者の協力や助言を交えるなど、正しい活用に向けた注意が必要。

  • レセプトデータは、製薬企業の多くの部署で活用が進んでいる。その背景には、公的な医療制度に沿った情報源であること、ある程度の標準化がなされていること、蓄積データ量が膨大であること、といった理由が考えられる。医薬品の価値向上(適応取得やエビデンス創出など)はもちろん、医療費削減に対応する業務効率化(コスト削減やリスク回避など)にも、貢献しうる。

 以上、連載第4回の本稿では、リアルワールドデータ入門の実践編として、具体的なレセプト情報に触れながら活用の基本について理解を進めました。第5回からは、より具体的な分析事例をお伝えします。それでは次回もお楽しみに!


 

[参考資料]

(1) 厚労省保険局医療課医療指導監査室, 保険診療の理解のために. 医科(令和3年度)



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